支援者
投稿が見つかりませんでした。
海洋は、人間活動が地球に及ぼす最大の影響を引き受けていますが、最も話題にのぼりません。人口の10%が直接漁業に頼り、さらに30億人がタンパク源の少なくとも20%を海に依存しています。それなのに、海洋が地球温暖化とひどい汚染のせいで、いかに急速に変化しているかに気づいていない人がほとんどです。
海洋は、温暖化や酸性化、略奪のような乱獲、化学物質・プラスチックによる野放しの汚染の影響を受けて、衰え始めています。海洋は、地球上で最大の炭素吸収源です。陸地の12倍、大気中の45倍の炭素を蓄えています。海洋は大気圏内の貯熱量の93%、二酸化炭素排出量の25%を吸収しています。そのために、海水温の上昇と海水の酸性化(大気中の二酸化炭素が海水に溶け込んだためにpH値が下がること)が生じています。酸性化が起きると、水中の炭酸イオンがなくなります。海洋が炭素を隔離するために欠かせない一部の植物プランクトン種など、多くの生物が殻を形成する際に炭酸イオンが必要なのに、です。海洋が今後も炭素と熱の吸収源であり続ける能力は、限界に達しています。熱波が世界中の水域で発生し、広範囲にわたって過去最高温度を更新しています。カリフォルニア州沿岸部から西に広がる海域(カナダの国土面積相当)では2020年、水温が平年に比べて最大で約4℃高くなっていました。海水温の上昇は、エサになる魚の個体数を大幅に減少させ、海鳥や海洋哺乳類の大量座礁を引き起こしかねません。また、大規模なサンゴ白化や植物プランクトンの分布域の変化も引き起こす可能性があります。
海洋は、汚染物質の最大の「貯蔵庫」となっています。海洋プラスチック汚染の80%が陸上に由来します。残りが、海運、漁業、掘削、直接の投棄などにより、海で発生したものです。沿岸水域には、何千ものさまざまなタイプの汚染物質が含まれます。たとえば工業化学物質、石油・フラッキング廃棄物、農業排水、農薬、医薬品、生下水・下水処理水、重金属、都市流出水に含まれるポイ捨てごみなどです。年に最大1200万トンのプラスチックごみが海洋に入り込んでおり、その短期的・長期的な影響の全容を把握する取り組みはまだ始まったばかりです。
海洋と大気を分けて考えることはできません。水温が低くて二酸化炭素の溶存量が多い極域では、ほかの海域よりも塩分濃度が高く、密度が高いという特徴もあります。「深層水形成」と呼ばれるプロセスを通じて、二酸化炭素が多く含まれる高密度の水は、海洋の一番深いところまで沈み込んでいくことができ、その水とそこに溶け込んだ二酸化炭素は底層で海流の力によって海洋の隅々にまで運ばれていきます。海流の中は、二酸化炭素を消費し、循環させ、最終的に隔離するような、互いにつながり合った生命に満ちあふれています。二酸化炭素を最初に消費するのは、海面近くの植物プランクトンです。このごく小さな植物は、光合成プロセスにより、太陽光を使って水と二酸化炭素を結合させ、複雑な海の食物連鎖の土台をつくります。植物プランクトンは、微細な動物プランクトンからエビ、魚類まであらゆるもののエサとなります。小さい動物が大きい動物に食べられ、海の中で生物を通じて炭素が循環します。
すべての海洋生物種に炭素が含まれますが、中でも植物プランクトンは際立っています。植物プランクトンは、世界全体で5~24億トンの炭素を保持しています。木や草などすべての陸上植物で隔離される二酸化炭素の合計に、ほぼ匹敵します。ほとんどの植物プランクトンが捕食されますが、少量ながらも一部分が死骸となって沈み、海底の堆積物として長期的に隔離される炭素に加わることが、重要な意味をもちます。植物プランクトンおよび数種の微小動物は、サイズは小さいものの、深海への炭素の輸送をほぼすべて担っています。つまり、この炭素は、海洋と大気中から長期的に除去されることになります。
海洋動物は、海洋の炭素循環できわめて重要な役割を果たします。炭素を体内に蓄積しておいて、呼吸したときや、フンをしたとき、そして死んだときに放出するのです。クジラなど一部の生物種は、大量の炭素を体内に溜め込んでおり、やがて死んだら深海に沈みます。それに加えて、このような大型動物がフンをすると、植物プランクトンをはじめとする食物連鎖の底辺にいる小動物に養分と炭素を与えます。そうして、水中と大気中からのさらなる炭素除去を促し、海洋の生命の循環を広げることになります。
海洋に関心が向けられるとき、そのほとんどが保護に関することです。年々増している劣化や汚染や酸性化をどう防ぐか。この「海洋」セクションでは、海洋を保護して再生し、かつ人間のニーズも満たせるような方法を探ります。海洋は地表の70%を占めるため、可能性は膨大で、なおかつ地球規模で存在します。重要な第1歩は、海洋をごみ捨て場として使うのをやめることです。
そして第2に、海洋保護区を創設することです。その海域では、漁業や鉱業、掘削といった搾取行為を行なわないようにするのです。重要な海域に手を付けないようにすると、その保護区内だけでなく、周辺海域まで広く漁場が回復します。人間の干渉を減らすことで、ゆくゆくはもっと多くの魚、ケルプ、植物プランクトン、貝が生息できるようになります。なぜなら、海洋にもともと備わっている再生能力が、邪魔を受けずに発揮されるようになるからです。また、養殖業者、再生型養殖業者、管理人として、人々が海に戻り、海洋生態系と相互に作用し合って再生させる動きも急拡大しています。このやり方なら、炭素を隔離するだけでなく、沿岸域を回復させながら、何十億もの人々に食べ物も提供されます。
「再生(regeneration)」とは、あらゆる行動や決定の中心に、生命を据えることを意味します。これはあらゆる創造物—草地、農地、人々、森林、魚、湿地、沿岸地帯、海洋—に適用されます。そして、家族、コミュニティ、都市、学校、宗教、文化、商業、政府に等しく適用されます。自然と人類は、この上なく複雑な関係性のネットワークで成り立っています。それがなければ、森林、土壌、海洋、人々、国、文化は滅びます。
この地球も、若者たちも、同じ話を伝えています。それは、人間と自然の間で、また自然自体の中で、さらには人々・宗教・政府・商業の間でも、欠くことのできないつながりが分断されているということです。この分断が、気候危機を引き起こしています。まさに根元を成しています。そしてここにこそ、所得や人種やジェンダーや信仰に関係なく、すべての人を巻き込める解決策と行動が見つかるのです。私たちは瀕死の地球で暮らしています。そう言うと、つい最近までは大げさに、あるいは言い過ぎに聞こえたかもしれません。地球の生物学的な衰退は、地球が私たちの行ないに適応しているさまを表しています。自然は決して間違いを犯しません。人間は間違いを犯します。地球は何が起きようと生き返るでしょう。国、人、文化はそうではないかもしれません。もし、私たちのあらゆる行動の中心に生命の未来を据えるということが、私たちの目的や文明の中核を成していないのであれば、私たちはなぜここにいるのでしょうか。
気候危機の直接の原因としては、数ある中でも、車、建物、戦争、森林破壊、貧困、石油、汚職、石炭、工業型農業、過剰消費、フラッキング(水圧破砕法)が挙げられます。これらの原因はすべて、またもたらす影響もすべて、同じです。それは、人間のウェルビーイング(well-being:身体的・精神的・社会的に良好な状態)を支えるためにつくられた経済構造が、地球上の生命を衰退させ、損失と苦しみと地球温暖化をもたらしているということです。金融システムが、地球が破産するようにけしかけ、そのための投資を行なっています。つまり金融システムは、貨幣資産を短期的に生むとともに、生物の減少、貧困、不平等を引き起こすじかの原因になっているのです。
この40年間、地球温暖化を逆転させる最も強力な方法が概ね見過ごされてきました。化石燃料の燃焼が温暖化の一番の原因です。速やかに止めなければなりません。これ抜きに回復はありえません。しかし、気候を安定させるためには、二酸化炭素を減らし、それをもとの場所に戻す必要があります。気候危機を逆転させる唯一効果的でタイムリーな方法は、人間も生物も、生きとし生けるものすべての生命を再生することです。これは、最も説得力があり、繁栄をもたらし、包括的な方法でもあります。生物の衰退により、私たちは想像もできなかったような危機の崖っぷちに立たされています。地球の温暖化を逆転させるためには、地球の衰退を逆転させる必要があります。
私たちの経済システム、投資、政策は、世界の衰退をもたらすこともできれば、再生をもたらすこともできます。私たちは未来を奪っているか、あるいは未来を修復しているかのどちらかです。現在の経済システムを一言で言うと、「採取」です。私たちは、取って、せき止めて、隷属させて、搾取して、フラッキングして、掘削して、汚染して、燃やして、伐採して、殺します。経済は、人々と環境を食い物にしています。いま衰退をもたらしている原因は、不注意、無関心、強欲、無知です。気候変動は人々に、「地球の保護」か、はたまた自分たちの幸せや健康や繁栄か、で選択せざるをえないような気にさせているかもしれません。でもまるで違います。再生は、世界を生き返らせるだけでなく、私たち一人ひとりを生き返らせることでもあるのです。再生は、意味と目的があります。信念と優しさを表します。想像力と創造性を伴います。包括的で、人を引きつけ、寛大です。誰もが行なえます。森林、土壌、農地、海洋を回復させます。都市を変え、手頃な価格で環境に配慮した家を建て、土壌浸食を逆転させ、劣化した土壌を回復させ、農村地域に電気を供給します。地球の再生は、生計手段を生みます。人々を活気づけ、人々を生き返らせる仕事であり、互いのウェルビーイングとのつながりを生む仕事です。貧困から抜け出す道筋を提供し、人々に意味や、コミュニティとの価値ある関わり、生活賃金、尊厳と敬意ある未来を与えます。
2020年12月、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第6次評価報告書の主執筆者である英ロンドンのグランサム研究所のジョエリ・ロゲリ博士は、注目すべき発言を行ないました。「もし二酸化炭素(排出量)を正味ゼロまで減らせば、気温上昇は横ばいになるだろうというのが私たちの最善の理解である。10~20年のうちに気候は安定化するだろう。さらなる温暖化はまったく起きないか、起きてもほんのわずかだろう。私たちの最善の推定はゼロだ」と言ったのです。これは、科学的合意に著しい変化をもたらすものでした。何十年もの間想定されていたのは、炭素の排出を止めることができたとしても、温暖化の勢いはその後何世紀も続くだろうということだったのです。それは間違いでした。気候科学でいま示されているのは、炭素排出量ゼロを達成したら、地球温暖化は弱まり始めるだろうということです。
いまは歴史の重大な分岐点です。気温が上昇している地球は、私たちのコモンズ(共有地)です。地球が私たちみんなを支えています。気候危機に対処し逆転させるには、つながりと互恵主義が求められます。快適な場所から足を踏み出して、これまで見たこともなかったような奥底からの勇気を見いだすことが求められます。誰かほかの人を悪者にして自分は正しくあろうという意味ではありません。敬意をもって熱心に耳を傾け、生きものや互いから私たちを引き離しそうなほどボロボロになった糸を撚り合わせてほころびを繕うことを意味します。それは希望を意味するわけではなく、また絶望も意味しません。恐れ知らずの勇敢な行動です。私たちは、驚くべき決定的瞬間を創造したのです。気候危機は、科学的な問題ではありません。人間の問題です。世界を変える究極の力は、技術にあるわけではありません。それは、私たち自身、すべての人々、すべての生き物に対する敬意や尊敬、思いやりにかかっています。これが再生です。
何千年も前から先住民族は、豊かな海とともに暮らし、豊かな海に頼って生きてきました。太平洋諸島の文化は、健全なサンゴ礁にすむ魚の群れに頼ってきました。米カリフォルニア州チャンネル諸島のチュマシュ族の人々は豊富なアワビを食べ、アラスカ州のアレウト族の人々はベーリング海の海洋哺乳類を食べて生きていました。カリブ海に最初にスペイン人入植者がやって来たとき、非常に多くのウミガメが泳いでいて、木造の船体にぶつかってきたといいます。船長たちは、そのドスンという音を、危険なものとして航海日誌に記録していました。「船は、ウミガメに乗り上げるように思えた。まるでカメの中に浮かんでいるようだった」と、1494年のコロンブスの2度目の航海で、アンドレス・ベルナルデスが記しています。1497年にヴェネツィアの探検家ジョン・カボットが、カナダの、後にグランドバンクスと呼ばれるようになった場所のはずれで、魚を釣ったときの話も残っています。船員たちが石の重りを乗せた籐のかごを海中へ落とし、引き上げると、そこにはタラがピチピチと跳ねていたそうです。オランダ人がニューヨークに最初にやって来たとき、そこは大量のカキ礁で守られていました。20世紀初頭までカキは、チェサピーク湾内のすべての水を1週間でろ過し、きれいにしていました。今ではカキはほとんどいなくなり、肥料の流出や養豚場からの廃水で水が汚染され、チェサピーク湾は有毒物質だらけです。ルイジアナ州ニューオーリンズ市では、その南側で塩性湿地がハリケーンの影響を押しとどめていました。南アジア全域で、マングローブが津波の襲来を妨げていました。豪クイーンズランド州の沖合にあるリザード島から、カリブ海南部のボネール島に至るまで、石膏のように白いサンゴの砦が、浅地にある都市の強固な生態系をつくっていました。今ではカメやタラ、サンゴがいなくなり、被害を受け、姿を消しつつあります。休日に、シュノーケルマスクを付けた子どもがワクワクして目にする海の中の世界は、今でも素晴らしく見え、また本当に素晴らしいのですが、かつての海の様子とはかけ離れています。この現象には名前があります。「シフティング・ベースライン」です。今日、生き生きしているように見え、素晴らしいと思えるものは、かつて入植者たちが息を飲むほどの衝撃で目の当たりにしたものとは比べ物になりません。先住民族がかつて知っていて、その恵みを享受して、持続可能な形で収穫してきたものとも、まるっきり違います。このことは、「通常」の気候とはどのようなものか、についての私たちの認識にも当てはまります。
「海洋保護区」は、地球上の海洋や沿岸部に広がる素晴らしい大自然を保護するものです。また、公海であれ沿岸域であれ、劣化した海域や魚介類が乱獲された海域の再生も行ないます。海洋保護区は、生物多様性を高め、回復させます。サメから海草まで、多種多様な生物種や生態系が生き生きと混在するのです。海洋保護区がうまく設計されて実施されれば、人間の都市を高潮、ハリケーン、海面上昇から保護する役割を果たします。海洋自体もさらに酸性化が進まないように守られることになります。おそらく現状で一番重要なのは、保護区内の動植物が炭素を減らして、何百年にもわたってそれを埋めておく働きをすることです。
すべての海洋保護区が同じようにつくられているわけではありません。中には、「スピルオーバー効果」と呼ばれますが、境界線の外で魚の個体数を増やすように設計されるものもあります。また、炭素を取り込んで埋めておくためのものもあり、これはたいてい沿岸域に設置されます。海岸線に近い沿岸域(「グリーンオーシャン」と呼ばれます)の海洋保護区と、公海(つまり「ブルーオーシャン」)でつくられるものには、違いがあります。科学者たちは大規模な実験の結果、もし2030年までに地球上の海洋の30%を保護できれば――「30 by 30」(30年までに30%)アプローチと呼ばれます――、魚が減るどころか増えて、二酸化炭素が減って隔離され、植物プランクトンのおかげで酸素レベルが上昇して、私たち陸上生物に恩恵をもたらすと結論づけました(私たちの吸い込む酸素の半分が、危険にさらされている海洋で発生したものです)。
海洋や沿岸水路に公園をつくるという考えは、スタートで出遅れました。海域を保護する動きがまとまったのは、1966年になってからです。先住民族は、コミュニティによる海洋資源管理を、何千年とまではいかなくても、何百年も前から行なってきています。ハワイでは「カプ」、パラオでは「ブル」などと呼ばれるこうした制限は、特定の季節に特定の魚の漁獲に対して課され、健全な魚の個体数を維持してコミュニティの持続に資するようにしていました。しかし21世紀初頭までには、大型の捕食魚の約90%が世界の海から姿を消し、魚種資源の30%が乱獲されて生物学的に持続可能でないレベルにまで至っていました。「禁漁区」、つまり漁業も貝類採取も工業利用もすべて禁止する(たとえばケルプの収穫や砂の採掘なども行わない)という考えは、シンプルかつ大胆で、激しい議論を巻き起こしました。でも、うまくいきました。アワビや太平洋イワシは、力の及ばないところまで生態系のベースラインがシフトしていたため、元通りにはなりませんでした。が、ほかの魚種では、両岸の海洋保護区で魚卵、稚魚、幼魚が増えました。そして漁師が驚いたことに――そのほぼ全員が保護区に反対していたわけですが――、保護区の外でも漁場が改善されたのです。大幅な改善が見られることも多々ありました。保護区の外および国の領海の中で、刺し網漁や延縄漁などの漁法を違法化し、見境のない漁法に直接対処したことでも、同じような改善が起きました。
海洋保護区が成功した要因は何でしょうか? 第1に「保護」です。完全な禁漁区です。もし漁業や採取が許されたら、生態系が弱まり、崩壊することすらあります。サメやラッコなどのキーストーン種(中枢種)の保護は、バランスと秩序を確立するのに役立ちます。いま公海は、漁業を行なうリソースをもっている者、主に中国の工業化された漁船が漁業を行なう無法な共有地となっています。同時に、厳格な保護を行なわなければ、海岸に近い保護区は密漁者の格好の標的となります。大型の漁船は、数を減らし、監視しなければなりません。ベストプラクティスを励行させるのです。富裕国の保護区は、資金が手に入り、強力なガバナンスがあるため、比較的簡単に保護できる傾向にあります。村や地域のタンパク源のほとんどが乱獲されている国では、別の収入源を開発すれば、持続可能性の回復に役立てることができます。たとえばメキシコの太平洋岸にある小さなカボ・プルモ保護区では、地元漁師が禁漁区を設置するように政府に請願しました。これが見事な成功を収めています。保護区内の魚が重量で4倍以上に増えるとともに、保護区の外でも漁場が大幅に改善されました。多くの市民が、保護区や海岸でパトロールや管理を行う職も得ました。アフリカのパークレンジャーのようなものです。観光業が躍進しました。このような地元の賛同とステークホルダー(利害関係者)の関与は、フィリピンからガボンに至る世界各地で、きわめて重要な役割を果たしています。
第2に、「規模」が重要です。100平方キロメートルよりも大きい保護区が成功しているといえます。なぜなら、小さい保護区の場合(政治的な意図のもと、やっているふりをするために設置されることも多い)、魚、幼魚、稚魚が保護区からその外へと、非常にたやすく移動する傾向があるためです。深海や砂地に囲まれていれば、なお良しです。
第3に、回復には「時間」が必要です。最もよくいわれる回復期間は10年です。海洋保護区は、海水をアルカリ性にしてそれを拡大させるのに役立ちます。これは、主に大気中の二酸化炭素によって起きる酸性化の影響を和らげます。地球上で最も数が多い脊椎動物は、「中深層」と呼ばれる水深200~1000メートルの中層に生息している魚類です。ここにすむ魚は、日中は捕食者を避けるためにこの範囲の下の方にいて、夜になると一斉に海面へ上がってきてプランクトンなどの小型生物を食べます。そして、海の深いところでアルカリ性の胃でエサを消化しますが、海面に上がってきてから炭酸カルシウムの結晶(方解石)としてフンをします。それによって海水面の酸性度が下がります。科学者はこれを「アルカリポンプ」あるいは「生物ポンプ」と呼びます。公海で操業する工業型の漁船はいま、獲り尽くしてしまったほかの魚種資源の代わりに、膨大にいるこのような魚に目を向けています。もし公海に海洋保護区が設置されれば、このような魚は酸性化の低減に役立ち続けるでしょう。これは、複雑で魅力的で、ほとんど魔法のような概念です。何十億匹もの小魚が調整しているこのアルカリポンプは、ほとんどの人がその存在すら知らないでしょうが、この地球の海洋のpH値を調整するのに役立っているのです。
第4に、海洋保護区は「炭素」を大幅に減らします。「ジャイアントケルプ」と呼ばれるオオウキモ(Macrocystis pyrifera)以上によく炭素を隔離するものはありません。ジャイアントケルプというのは、私たちが自然特番で目にするような、高くそびえ立つ褐藻類です。波でゆらゆらと揺れる茎状部の間をアザラシが跳ね回り、鮮やかなオレンジ色のスズメダイを石の隙間へ追いやる様子を見たことがあるでしょう。ケルプは生長が早く、死ぬのも早いです。ジャイアントケルプは理想的な条件下では、1日に約60センチメートル生長することもあります。海洋保護区は、沿岸の海草藻場も守ります。海草藻場は、世界の海洋の0.1%未満ですが、1年間に海洋堆積物に埋められる炭素の約10%を隔離しています。沿岸のマングローブが隔離する炭素は、同じ面積の熱帯林の2倍にあたります。私たちは、砂の浚渫や、開発、石油と天然ガスのパイプ敷設、エビの養殖、鉱業を阻止する必要があります。このすべてが、大量の炭素を埋めて減らしてくれるマングローブやカキ礁、塩性湿地、海草藻場、ケルプを破壊するからです。
公海で漁獲される魚介類は、養殖を含め、総生産量の2.4%未満です。世界の海での総漁獲量のわずか4.2%しかありません。具体的にはマグロ、メロ(マジェランアイナメ)、カジキなどで、ほぼすべてが日本や米国や欧州のような、食料が確保された国の高級品市場に並ぶ運命にあります。こうした魚はほとんどが、中国や台湾、日本、韓国、スペインの、手厚い補助を受けた漁船団で漁獲されます。漁船団は、高価な化石燃料を燃やして、獲物のいるところにたどり着きます。もし公海での漁業を禁止すれば、沿岸部に近い海域で漁獲量が増加するために十二分に報われるだろうということを示す、良いデータもあります。
海洋保護区の価値がだんだん理解されるようになり、保護された海域の割合は、2000年に0.7%だったのが、2020年には制定済みあるいは提案されているものも含めると約5~7%へと増えています(ただし、陸域では15%)。10倍の増加です。保護区は1万5000カ所以上にのぼり、表面積は北米と同じぐらいです。米国最大の保護区は、ハワイ諸島の北西に位置するパパハナウモクアケア海洋ナショナル・モニュメントです。面積は151万平方キロメートルで、同国内の陸上の国立公園をすべて足し合わせたよりも広い面積です。手つかずのサンゴ礁と、島々の間の深海を保護しています。世界最大級の海洋保護区であるフェニックス諸島保護地域は、キリバス共和国に設置されました。毎年、パラオ、フランス、アルゼンチン、チリ、ペルー、ガボンといった国が、次々に手を上げています。海洋学者エンリック・サラが創設した「原始の海」プロジェクトが発端となることもよくあります。サラは、スクリップス研究所の教授を務めていたとき、自分の書く科学論文が事実上、海の死亡記事だと気づきました。彼は研究所をやめ、ナショナルジオグラフィック協会の支援を受けて「原始の海」を立ち上げました。これにより、520万平方キロメートル以上の海が、保護されて人の手が入らないまま残されることとなりました。海洋保護区1つひとつに、独自の具体的な保全目標が設定されています。効果を評価する際に使われる尺度の1つは、完全に保護された保護区内に存在する魚類と海洋生物の生物量です。
海洋保護区は、炭素を隔離し、世界の海岸線の保護と改善に役立つ、ローテクで費用対効果の高い戦略です。世界の60万キロメートルの海岸線に、人類の3分の1が住んでいます。2030年までに海洋の30%を保護する目標は、「三方良し」となります。すなわち、増加している世界人口の食料となる天然魚が増えること。生物多様性が回復し、気候変動に対するレジリエンスが生まれること。そして、炭素が固定されること、です。
私はチンパンジーの研究をしているときに、雨林ではすべての生き物が互いにつながり合っていることを学びました。いかに動植物種の1つひとつが、生き物の織りなすタペストリーにおいて担うべき役割をもっているか。ある種が絶滅すると、そのタペストリーに1つ穴が開きます。あまりに引き裂かれてボロボロになると、生態系全体が崩壊するかもしれません。重要なのは、私たちも自然界の一員だということです。酸素、食べ物、水、衣服。すべてを自然界に頼っています。そして、これもボロボロに引き裂かれてきています。
今いる生物の中でヒトに一番近いチンパンジーをはじめとする他のすべての動物と、人間とを一番大きく隔てているのは、私たちが知性を爆発的に発達させたことです。動物にはかつて考えられていたよりはるかに高い知性があるものの、相対性理論を思いついたり、月面着陸を行なったりできた動物はほかにありません。あらゆる生物種の中で最も知的である私たちが、唯一のすみかを破壊していなければならないなんて、なんと奇妙なことでしょう。私たちの賢い脳と、詩的にいえば人間の心に住まわせている愛や思いやりとの間に、断絶があったようです。頭と心が調和して働くときにだけ、人間の真の潜在能力を獲得できるのだと思います。
私たちが解決すべき自業自得の問題はたくさんあります。そして、ポール・ホーケンが本書で大変な説得力をもって強調するように、これらはすべてつながり合っています。すべてを統合した形で理解し、解決する必要があります。貧困を軽減し、高所得国の持続可能でないライフスタイルに対処し、社会的正義を実現し、国民皆保険を提供し、すべての人が教育を受けられるようにしなければなりません。幸い、人々はこうした問題に革新的な解決策を見つけ出しています。これこそ、ポールが本書で紹介することです。
私は、数多くの過ちをじかに経験してきました。1960年に私がチンパンジーの研究を始めたとき、タンザニアのゴンベ国立公園は、赤道アフリカにわたって広がる森林の一部でした。1980年代半ばには、周囲をはげ山に囲まれた小さな森の、まるで島のようになっていました。人々は持続可能でない暮らしを送り、農地は酷使されて使い尽くされ、農業や木炭生産の場所をつくるために木々は伐採されました。人々は生き延びることに必死でした。そのとき私は気づいたのです。このようなコミュニティが環境を破壊せずに生計を立てる方法を見つける手助けができなければ、チンパンジーを保護することもできない、と。動物種を守りたければ、環境を保護しなければなりません。それには現地コミュニティの参加が不可欠です。もし人々が貧困の中に暮らしていたら、それどころではないでしょう。
ジェーン・グドール・インスティテュート(JGI)は、ホリスティック(全体論的)な地域密着型の保全活動「タンガニーカ湖集水域の再植林と教育(TACARE)」を開始しました。地元のタンザニア人を何人か選んで、彼らにゴンベ周辺の村々を回ってもらい、私たちからどのような手助けができるかを聞き取ってもらいました。村人の答えやニーズは明快でした。「もっとたくさんの食料を育てたい」「もっと健康と教育を享受したい」と。私たちは欧州連合(EU)から少額の助成金を受けて、化学物質を使わずに土壌の肥沃度を回復させる手伝いをしました。地元タンザニア政府と協力して、既存の学校を改善したり、村のクリニックを改良・新設したりしました。水管理プログラムや、アグロフォレストリー(森林農法)、パーマカルチャーを導入しました。地理情報システム(GIS)や衛星画像を利用して、村人たちが土地利用管理計画を作成できるようにしました。ボランティアがスマートフォンの使い方を学んで、村の保護林の健康状態を記録できるようにしました。奨学金を出して女児が中等教育を受けられるようにし、マイクロクレジットにより村人たち、特に女性が持続可能なビジネスを立ち上げられるようにしました。子どもに教育を受けさせたいが教育費が高いと思っている親たちに、家族計画の情報は歓迎されました。このように、TACAREは環境と社会の両面のウェルビーイング(*)を高めています。
今や地球上に79億人近くが暮らしています。世界の多くの場所で、限りある天然資源が、自然が補充する力が追いつかない速さで減っています。2050年には、推計人口が100億人にもなる可能性があるとされています。家畜の数も増えており、かつてないほど多くの土地や水を使い尽くし、大量のメタンガスを発生させています。さらに、人々が貧困から抜け出す中で、私たちの持続可能でない生活水準を彼らがマネしようとするのも無理からぬことですが、私たちはこれを変えなければならないと知っています。もしこれまでどおりのやり方を続ければ、未来は、……「暗澹(あんたん)」といっても過言ではないでしょう。
自然との新たな関係をつくり、私たちが生んでしまった問題に子どもたちが対応できるように態勢を整えなければなりません。環境教育を推進するプログラムはたくさんあり、ほかに社会的正義について論じるプログラムもあります。私は1991年に、環境面と人道面からの若者向けの運動「ルーツ&シューツ」(「根っこと新芽」の意味)を始めました。今では68カ国に、幼稚園から大学まで何千ものグループがあります。社会環境問題がつながり合っていることが理解できるように、各グループは「人」「動物」「環境」の3分野におけるプロジェクトを選んで参加することが求められています。メンバーは行動を起こすことにより、自分には変化をもたらす力があるんだと気づきます。そのことは、野生生物の取引、ホームレス、女性の権利、動物愛護、差別など多様な問題に共に取り組んでいる何千人もの若者に、力と希望を与えています。
希望をもてる理由が3つあります。1つめは、若者たちにエネルギーと献身的な取り組みが見られること。2つめは、自然にはレジリエンス(復元力)があり(ゴンベ周辺に森林が戻ってきました)、動植物種を絶滅から救うことが可能だということ。3つめは、どうすればもっと自然と調和した暮らしができるかを考えられる、人間の知性があること、です。
ポールは、いつものように誰にもマネできないやり方で、身から出た錆といえる社会環境問題に対し、最も重要な解決策を示しています。そして、こうした問題がいかに密接に関わり合っているかを示しています。本書『リジェネレーション 再生』は、有益な情報を包み隠さず提供し、もう遅すぎると考える悲観論者に反論するものです。ポールも私も心から信じています――私たちにはまだ時間があること、現実的な解決策があること、そして地球上で生命の気候の安定性を回復するために、私たちもあらゆる組織も解決策に着手し実施できることを。ヒトの学名「ホモ・サピエンス(Homo sapiens)」は、「賢い人」を意味します。この名を汚さないように取り組んでいきましょう。
*身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること